子どもが持っていて、大人が失ってしまう感覚

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イヤだイヤだ!全開のSakutoとの日々を楽しんでいます。
服着るのもイヤ!お風呂に入るのもイヤ!
みかん食べるのも、ホットケーキ食べるのも、大好きな車のおもちゃで遊ぶのもイヤ(笑

先日、図書館で借りてきた絵本を読んでいたときのこと。

ああ、大人になると失う感覚だなぁと思ったことがありました。

 

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S「これは?」

父「なんだろーね?」

S「あおいハサミ!」「きいろいハサミ!」

「これはうさぎである」という思い込み、固定観念・・・

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たまに、授業や企業研修で使う、だまし絵。
その名も「アヒルうさぎ」(笑

皆さんは、どっちに見えますか??

・ー・ー・ー・ー

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父「おとうさんは?」

S「これ(手前のネックレスのおかあさんを指差す)」

父「じゃあ、おかあさんは?」

S「これ(奥のネクタイのおとうさんを指差す)」

違いは服装。
ネクタイ締めていたら男性、とかネックレスしてたら女性とか言い切れない時代。

まあ、さらにこの顔・・・(笑

何事も「そうではない可能性」を頭の片隅に想像できることって、とても大切だと思っています。
ぼくらは、決めつけ、思い込みをたくさん持って生活しているんだなぁ。

そうではないモノの見方を、いつも息子から学ばせてもらっています。

 

 

 

「ちゃんと遊びなさい」って?

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先日参加した、「子育ち」のお試し講座。

青葉区の情報サイト「森ノオト」の2014年の「子育ち講座」レポート
http://morinooto.jp/news/kosodachi/

 

遊びの空間作りや、親の関わり方など、色々と学ぶことが多くありました。

その中で、いいなぁと思った話。

親が遊びに指示を出す。
→それは、すでに遊びではない

いいぞーー!!

 

「ちゃんと遊びなさい」
→ちゃんと遊んだら、遊びじゃなくなるよ

いいぞいいぞーー!

 

おもちゃは壊れるからおもちゃなんです。

おおーー!!

 

公園で息子と遊んでいると、遊びに指示を出す親がたくさんいるわけです。

「おともだちやりたがっているから、代わってあげなさい」

「危ない滑り方するんじゃないの!」

「水は使わないこと」

「ほら、自分でやりなさい」

「しっかり登るの!」

 

自分が子どもだったら、ほっといてくれ!!って思うだろうなぁ。(笑

・ー・ー・ー・ー

「遊戯の目的は、行為そのものの中にある」(ホイジンガ 1938)

つまり、行動自体、もしくは行動していることに意義があるということ。
意味がないから「遊び」
目的がないから「遊び」

だから体験学習法は、「遊び的な要素はあっても、遊びではない」。

構成された授業や研修の中で、遊びのようなゲーム(アクティビティ)をやっても、それは「遊び」ではない。

だから、僕はアドベンチャー教育プログラムやワークショップなどでは、「遊びのような活動を通して」という表現を使っています。
本当は、目的を持たずに無条件に遊びたいけどね。

人が夢中になって遊んでいる時間には、実はたくさんの学びは起こっているんだと信じています。
「あそび」からは、知識、技術、経験、様々なことを得ることができるんだよね。

親業的な子どものイヤイヤへの対応

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花粉なんだか、寒暖の差によるものなんだかわからないけれど、鼻水が止まらない父です。

 

Sakutoと一緒に、家の周りの掃除と庭仕事をした後、車に乗りたがるので、運転席へ。

数日前には、Sakutoがルームランプを点けていたことに気がつかず、危うくバッテリーをあげるところでした。今日は、ハザードを点けたことが気に入った様子。

S「ぴかぴか、ついた!」

で、散々遊び、お昼ご飯が近づき「おりる!」とのこと。

父「ピカピカは消してくれる?」

S「いーの。」

父「いやいや、ぴかぴかをつけておくと、車動かなくなっちゃうからさ」

S「いーの!!ぴかぴかつけるのっ!」

 

!!きたぞ、無限ループなやりとり!!

 

今日は、時間にも気持ちにも余裕があったので、のんびり付き合うことに。

父「そっかー。Sakutoはぴかぴかつけておきたいんだね。」(能動的に共感して聞く)

S「もうおりるー」

父「もう、降りたいんだね。でも、Sakutoがぴかぴかをつけたまま車を降りると、あとで車が動かなくなっちゃうかもしれなくて、それが父(とと)は心配なんだよねー」
(能動的に聞きながら、対決の私メッセージ:相手の行動+自分への具体的な影響+自分の気持ちの3部構成)

S「いーの!ぴかぴかつけとくのー!」

父「そっか、Sakutoはぴかぴかが気に入ったんだね。ずっとつけておきたいんだね。」
(とにかく共感。ひたすら共感!)
「父が消そうか?」(いらぬ提案(笑)

S「いーの!」

こんな感じのやりとりを繰り返すこと10分(笑

Sakutoは思いついたかのように、ハザードを自分で消して
S「だっこ!おりる」

と、降りてくれました。

もしも、無理やり消したり、抱っこして降ろしていたら、号泣して終わっただろうし。
で、また「のるー!!」と無限サイクルにはまっていく感じに・・・。

今日のやりとりは、とても建設的だったなぁと振り返っています。
Sakutoは自分の意思で、遊びを終えることを決めて、納得して降りてきたわけで。

親業が、「子どもの自立心を育てる」と言っていたわけがわかったような気がします。

まあ、もちろんこんなうまくいくことばかりではないけれど・・・ね。

・ー・ー・ー・ー・ー
この数年で、少しずつですが「親業訓練協会」の講習会を受けてきました。
受けるたびに、人とのコミュニケーションについていかに自分が思い込みで話をしているか・・・ということに気がつかされたり、人に話を聞いてもらうことのパワーを体感したり。

あんまり流行ってない気がするけれど、「人としてのコミュニケーションの基礎・理想」が学べる場所だと思っています。
親業っていう言葉がね・・・オシャレ感ないんだよなぁ。(関係者の皆様ごめんなさい。)

原点は、アメリカのトマス・ゴードン博士が考案した、Parenting Effectiveness Trainingというもの。
Gordon Training Internationalのサイトはオシャレ(笑

保育士、親、子どもと関わる人は、学んでおくと得するプログラムだと思います。

教師学、看護ふれあい学、ユースなど、色々なプログラムがあったりで面白いですよー。
言葉は違えど、ビジネスの中での部下とのリーダーシップにも転用可☆

学んだものの、まだまだ使いこなせていないので、最近意識してがんばっています。
知っていることと理解していることは違う。
理解していることと身についていることは違う。

日々修行です☆

 

 

自分で選ぶということ②

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児童館の未就園児の「トランポリン教室」に初参加した帰り道のこと。

12:00でお昼休みになる児童館。
「お昼休みだからおしまいでーす!」
体育館スペースで、車の乗り物で遊んでいたSakutoは、もっと遊びたかったけれど、強制終了。

で、泣く。

児童館でお弁当は食べられないので、家に帰って食べようねーと話ながら車へ。

 

「もっとあそぶー!!」

雨の中、車に傘をしまって、乗ろうとしたところでところで、「帰らない宣言」。

父「えっ!かえらないの!そっかー、まだ遊びたいんだね。」
(心の中では、早く帰りたい、お腹すいたの父)

S「もっとあそぶー!」
の繰り返し。

しょうがないので、

父「じゃあ、どこであそびたいの?」

と、雨の中、傘もささずに濡れながら相談。

 

S「・・・

・・・

・・・

・・・っ!!」

S「くるまのる!サンドイッチたべる〜。」

ここまで、わずか1分。

 

1分間、雨の中で話を聞いたことで、雨の駐車場で、どこにも行くところがないことを、自分なりに理解し、車に乗ることを自己決定。

それでも、「家に帰って食べよう」という父の主張を覆し、車で食べることを提案。
相談のすえ、車で食べることに合意。

Happyな車内ピクニックでした。

きっと無理に説得しようとして、車に乗せていたら早かったけれど、納得することなく涙のドライブになっただろうなぁ。

・ー・ー・ー・ー・ー

トランポリンの体験は、僕が勝手に申し込んで決めたこと。
とはいえ、ピョンピョン楽しいよ!ということはたくさん伝え、本人は朝からやる気満々での参戦。

「親が与えた体験」だけれど、子どもが納得した上でやっているのって大切だと思います。

「自分でやりたいと言った体験」だったら、もっと素敵だけどね。

自分からやりたいと言うことは、なるべくやらせてあげたいなぁ。

自分で選ぶということ①

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新百合ケ丘で月一で開催されているAirGreen。
http://www.airgreen.info/
センスのよい素敵なウェブサイトなんです。TOPの動画に、僕も一瞬映るということを今発見しました(笑)

イベントにて、稲城市で活躍している井上農園さんのカボチャ3種ゲット。
「はらドーナッツ」新百合ケ丘店の、野菜ドーナッツシリーズの野菜はこちらの農家さんのものです。

たくさんのカボチャを前に、Sakutoにカボチャを選んでもらったところ、家に帰ってきて料理していても、食べていても、

「Sakuちゃんがえらんだ!!」

と、なにやら思い入れがある様子。

今朝になっても、「Sakuちゃんがえらんだ!」を言いながらカボチャを食べています。
選んでもらってよかったなぁ。

残りのカボチャは何にしようかなぁ。
カボチャプリンは作ることが決まっています☆

・ー・ー・ー・ー・ー

乳幼児が、自己決定することの大切さについて考えています。

1日に何度もある「選択」の場面。
服を選んだり、ご飯を食べたり、何をして遊ぶか、どこへおさんぽに行くかetcetc…

2歳児くん。どうしてなかなか自己主張をするし、自分で選べるし、納得したり反発するし。
僕が選んだ服は、たまにSakutoに却下されます(笑

自分で選ぶからこそ、納得をして動きだす。
自分で選ぶからこそ、結果に対して責任が生じる。

毎回、適切な判断はできていないけれど、失敗することで次の判断につながるはず。

大切なことは、何を育てたいかなんじゃないかなぁ。

 

とはいえ、先日、公園で遊んでいるときに聞いた話。
「◯◯幼稚園と、△△幼稚園と悩んでいるんですけど、うちの子が◯◯幼稚園がいいっていうから、そっちにしようと思って。」

◯◯幼稚園は、ヨコミネ式の跳び箱飛んで、逆立ちできちゃう幼稚園。
△△幼稚園は、自然がたくさん泥遊びたくさんの幼稚園。

えっ!子どもに選ばせるんだ、そこ・・・。

親が選ぶべきこと=子どもに選ばせないほうがいいこと。
子どもが選ぶべきこと=親が干渉しすぎないほうがいいこと。

のバランスと線引きをどこでするか?

親が譲れないところってどこだろう?

子どもが選んでも、親が困らないことは?
子どもが選ぶからこそ、子どもの育ちにつながることは?

なんてことを考えています。

 

 

 

息子に声をかけるときの言葉チョイス②

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TEDのプレゼンテーションで、スガタ・ミトラという認知科学・教育テクノロジーの教授の話。

 

インドのスラム街の壁にパソコンを埋め込んで放置したら、子どもたちが勝手に学び出すという実験。

難しい物理の問題を子どもたちに課し、グループ学習でインターネットで自分たちで答えを導く。

そんな、自己学習の効率をUPするための秘策が、近所のお姉さんに「お婆ちゃんのような役割」をしてもらう。

「いいね!」「すごいね!」
「それなに?」
「もう一度!」「もっとよく見せて!」

と、子どもたちを励ますことで、学習効果がグッとアップ(笑

別の実験では、リアルにイギリスのお婆ちゃんのボランティアを200人集めて、オンラインでこの励まし・勇気付けを行ったそうな。

・ー・ー・ー・ー

小学校の跳び箱の授業で、「跳び箱」を行うとして。
45分間の授業中に、実際に跳び箱に触れている時間はどのくらいか?という話を、恩師の先生に聞いたことがあります。

走って行って、踏切って、跳び箱に一瞬手をついて突き放す。
その時間、0コンマ何秒。
授業中に10回跳べたとしても、1~2秒かも。

整列して、順番が来るまで待っている時間はどのくらいあるか?
30分くらいは整列している時間だったりして(笑

 

そう思うと、よくグラウンドにある「タイヤが半分埋まった遊具」なんかを、端から端まで飛ぶのが楽しくてしかたなくなった子が、昼休み中飛び続けていたら?

運動量も、スキル獲得も、格段にUPするような気がします。

・ー・ー・ー・ー

「自分から楽しくてやりたくなること」に勝る学びや成長の時間はないと思うわけです。

それを促進する・支援する大人の関わりってどんなものかなぁと日々考えたいのです☆

ということで、
「もう一回やってみて!」が最近の声かけブームです。

息子に声をかけるときの言葉チョイス①

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「なんかさ〜」「あのさ〜」と、完全に父親の口癖が移ったSakutoです。

本当に、子どもは親の写し鏡ですね。
使う言葉やトーンは、だれかのを聞いて真似しながら学んでいると思うと、下手なこと言えないなぁ。

・ー・ー・ー・ー・ー

仲間にもらった消防車のパズルをお気に入りでよく遊んでいます。
何度もやっているうちにすっかり一人でできるようになりました。それだけで、父感動。

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それで、息子が「できる」ということを知ってしまうと、

S「かたまった〜。(ひっかかったとか、うまくできないの意味)」「できない〜〜!」
と、ヘルプを求めてくると、つい

父の心の声「なになに、自分でできるくせに。諦めずにがんばってほしいなぁ」
なんて思ってしまうわけで。

「やってごらん」「できるでしょ」って言ってしまいます。

でも、やってごらんって言われると、「できないのー」「いーの!」と語感を強めてくる感じ。

 

「どうやるの?」

「もう一回やって見せて」

 

と言うと、ハッとしたように、もう一度自分でやってみせてくれようとするような気がします。
できなくても、もう一度トライしてみるきっかけができる。

この違いって大事だなぁと思います。

 

上から目線で、
「ほら、あなたはできるんだから、自分でやりなさい」
なメッセージよりも、

同じ目線で、
「どういう風にやるのか、興味深々なんだけど、見せて見せて!」
と、面白がるメッセージ。

子どものやる気、成長のチャンスを増やすために大人がちょっと意識できること。